さんぽみちのちしつColumn

第9話 ~誰も知らない絶景~

2021年03月31日(水) 

 山形県には、日本の棚田100選として大蔵村四ヶ村・山辺町大蕨・朝日町椹平の三つが選ばれている。棚田はご存じの通り傾斜地に何段も連なる小さな水田の集まりであり、これら三箇所もそれなりの美しさは感じる。しかし、何れも機械施工を前提とした土地改良の済んだ長方形の水田であり、「日本の原風景」のイメージとはチョット違うと感じるのは私だけではないはず。


 添付写真は1970年代の朝日町上郷地区の空中写真である。写真サイズの関係で良くわからないかも知れないが、大きく赤楕円で示した範囲のほぼすべてが棚田である。小さな谷川沿いを人力で切り開き100段余もの膨大な段数の棚田が耕作されている。しかも、その一つ一つは人力でしか耕作できない小さな不定型のひょろ長い水田であり、それらが数百も集まり山間の斜面を埋め尽くしている。先達が何百年も掛けて開墾し、子々孫々と受け継いできたた棚田であり、当に脳裏にある郷愁の中の原風景そのものである。私はこの上郷の棚田、規模や美しさではかの有名な石川輪島の千枚田にも決してひけを取らないと思っている。


 上郷集落を含む五百川渓谷周辺は、出羽山地の隆起帯に含まれており、最上川はその先行河川である。つまり地盤の隆起と河川の浸食がせめぎあって急速に進んだ地区であり、最上川周辺は地盤の本来持っている強度以上の急峻な浸食地形を形作っている。いたる所に不安定斜面が点在し、地すべりや崖崩れなどが頻繁に生じるのも河川浸食が急速に進んだための悪影響に他ならない。上郷地区も平坦な地形は殆ど無く、古の人々は山間の傾斜地(多くは崩壊斜面)を膨大な年月と労力を費やし、少しずつ切り開いてこの絶景を造ったのである。
上郷の棚田は現在、その大半が耕作放棄地となって原野に戻りつつある。農村人口の高齢化と共に急速に失われつつある風景に寂寥の感を禁じ得ないが、観光地化など日の目を見ずに人々の記憶からも消え去りつつある一つの社会資産と考えると非常にもったいないと感じてしまう。

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