さんぽみちのちしつColumn

第35話 ~金の神水~

2023年05月10日(水) 

 寒河江市と村山市・大蔵村に跨がる頂きを持つ葉山は、古くは出羽三山の一峰に数えられ、山岳信仰の対象として崇められてきた。山頂には白(しら)磐(いわ)神社(奥の院)が祀(まつ)られている。その南側の山麓に田代という戸数100あまりの小さな集落がある。田代には真新しい立派な小学校もあったが、平成25年春に隣の白岩小学校の学区に吸収される形で廃校となっている。


 その田代集落の北側、葉山に向かう道沿いに庚申水と呼ばれる水汲み場がある。傍らには自然石に彫られた素朴な庚申塔が二基、ひっそりと佇(たたず)んでいる。水場はコンクリート製の水槽で、側面から突き出た塩ビ管より勢いよく水が流れ出している。山奥の清水としてはいささか趣に欠けるが、休日には幾つもの空容器を積んだクルマがひっきりなしに訪れる村一番の人気スポットとなっている。この水、水源地は道のさらに北方、実沢(さねざわ)川(がわ)沿いを遡ること数㎞も先にある。川沿いの崖の途中に小さな洞があり、湧き出る水を集めて延々とパイプを這わせて引いているものだ。水源のある崖の上方は畑(はた)地区。既に集落としては廃れているがリクリエーション施設として建てられた葉山市民荘の前庭には長命水という湧き水があり、ハイカーや登山者の喉を潤す名所となっている。


 この葉山に限らず、月山や鳥海山、延いては富士山などの火山には有名な湧水の地となっている箇所が幾つもある。ではなぜ火山周辺に良質な湧き水が多いのだろう。成層火山では火山噴出物が山頂から山肌を下りながら幾重にも累重する事になる。これらの噴出物は河川などによる淘汰作用を受けていないため粉じんから巨礫までさまざまな粒径の土砂が混合しており、見掛けほどは透水性が良くない。しかし地表面は礫や転石で覆われたガレ場となる事が多いため、降雨や雪解け水の多くは直ぐさま地下に浸透し、浅い層状となった土砂の間隙を流れ下ることになる。それらが地形や堆積土砂の流れによって山麓部の特定の箇所に集まり湧水地となったり流入河川のない湖沼の成因となっている。これらの湧水は浸透してからそれほど時間をおかず湧き出る地下水であり、欧州のとある名水のように、数千年の年を重ねた地下水とは全く異なる。日本の火山に浸み込んで数千年も経ったら間違いなく飲める水ではなくなっている。


田代集落は見晴らしの良い台地上に民家が並んでいる。近傍を河川が流れるが何れも深谷を穿(うが)っているため集落内は水が乏しく、古くから生活用水の確保にも苦労した歴史を持つ。庚申水も集落内で組合を作り、協同して数㎞先の湧水を引水して管理してきたものだ。かつて盛んだった60日毎に寝ずの勤行を行ったという民間信仰「庚申講」の集まりがその基となっているのかも知れない。ところで庚申は十干十二支では陽の金が重なる金気(カナケ)の日だそうだ。カナケの清水とはこれ如何に。

 

 

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