さんぽみちのちしつColumn

第30話 ~夕日とひまわりの丘で~

2022年11月10日(木) 

山地を流れる谷川が平野部に開けた地点に扇形の堆積地を作った地形を扇状地と云う。立谷川や馬見ヶ崎川などの扇状地が有名だが、一般的なもの以外にも、複合・開析・海底・土石流・溶岩などの名を冠する様々な機構や起因の扇状地がある。


遊佐町の少し山手に白井新田という地区がある。鳥海山の山麓部に広がる標高百数十m程度の高台で、庄内平野に向かいほぼ一定勾配で緩やかに下った土地である。周辺は百段余の整然と並ぶ棚田が広がっており、秋は大海原を彷彿とさせる広大な稲穂の波に覆われる。西側は、林や丘陵など視界を遮るものが何も無く、庄内平野や日本海、遠くに飛島まで一望できる眺望の良さは、庄内随一の夕日スポットとして知る人ぞ知る名所となっている。
この白井新田の土地は鳥海山から流れ出るいくつかの谷川を集めた下流部にあり、火山噴出物の浸食土や火砕流堆積物による火山麓扇状地と呼ばれる地形だ。火山活動により大量の土砂が一気に供給されたため、なだらかで凹凸の少ないのっぺりとした地形となっている。一般の扇状地と異なり扇状地の上端から末端まで殆ど勾配が変わらない事、堆積土砂が水流による分級が進んでいないため、礫から粘土まで混じった不均質な土が多いことなども特徴となっている。


この地区に広がる水田は、荘内藩校・致道館を運営する原資とすべく開拓されたものであり、これを学田と云う。開墾が始まった江戸時代後期、見通しのきかない藪の測量を夜、提灯(ちょうちん)の明かりを目印に行っただとか、鳥海山から流れ出る沢水が冷たくてうまく稲が育たない障害を改善すべく、つづら折りに流れる水路を作って対処した事などが伝えられている。先人の苦労と工夫の積み重ねが今の美田に結びついているのだ。ちなみに鳥海山の北西側、秋田県のにかほ市では、同じく鳥海山の冷水を温める工夫として「温水路」なる土木構造物が伝えられている。これは川の上流部に、浅くて幅の広い人工の水路を設けて、流水を太陽光により加温する仕組みである。水田に適さない石だらけの山間部に、数百m以上にわたって殆ど手作業で水路(と云うより川!)を穿(うが)った先人の執念とも云える気概に、唯々恐れ入るばかりである。


遊佐町の白井新田には、最初、町の宿泊型学習施設「しらい自然館」の地質調査で訪れた。季節は初冬。平野部には全く雪が無かったが、現場では数十㎝の積雪が。辺り一面灰色に霞んだ世界で猛烈な風が吹き荒れていた。内陸と庄内の最もつらい環境を合わせたような景色に、なんでここに人が住む集落があるのかと不思議にさえ思ったものだ。でも別の季節に再訪したときに納得した。カラッとして澄み渡った大気と鳥海山や日本海を望む絶景。なんとも言えない極上の開放感に包まれていた。ここは冬を乗り越えたご褒美と喜びが一年間ずっと続く土地なのだと。

 

カテゴリー:さんぽみちのちしつ

お客様のお困りごとを教えて下さい