さんぽみちのちしつColumn

第20話 ~及位と主寝坂~

2021年11月10日(水) 

 山形県の北端、秋田との県境付近に及位(のぞき)という一風変わった地名があり、JRの駅名にもなっている。及位は真室川流域の上流端にあり、河川が県境に沿ってぐるっと半回転するような流路をたどっている。その延長上に馬蹄形に連なる山列が続いており、山列の内側は浅く窪んだなだらかな丘陵地が広がっている。山列の中程に「女甑」「男甑」(甑:こしき)の二峰の山塊がそびえ、その麓を旧矢島街道(矢島は秋田県由利本荘市の旧地名)の山道が通っている。


 かつてこの付近一帯は熊野や出羽に並ぶ山岳修験道の聖地であり、麓に住みついた修験者たちはより位の高い山伏になるべく厳しい修験の道に身を置いていた。その行(ぎょう)のひとつに甑峰の断崖絶壁を逆さに吊され、崖の横穴をのぞき込み恐怖と戦いながら己の汚れを悔い改める「のぞき行」があった。後にそれを究めた修験者の一人が朝廷より高い位を与えられたことより、のぞきで高い位に及んだ「及位」の地名が生まれたたのだと云う。


 ところで円形状に山壁で囲まれたこの地形、どうやってできたのだろう?私はこれが拙稿vol.16でも述べたものと同様、一種のカルデラ(爆裂火口)の跡ではないかと思っている。つまり女甑山・男甑山が火口壁(外輪山)で前森山がその中央火口丘に相当するのだ。但し、その推論には不自然な点もある。カルデラは地下がスカスカになるので重力値がほかより僅かに小さい「ブーゲー異常」になる事が多いが、この地区にはそれが当てはまらない。カルデラ(と思われる)内部も外側も重力値に殆ど差が無いのである。実はカルデラには機構別に何種類かあり、大きく陥没型と馬蹄形型に分かれる。高畠元和田の陥没型カルデラと違い、馬蹄形カルデラは火山の山頂部に生成されることが多く、噴気が抜けやすくまた、マグマの供給量が多いため地下の密度が高くブーゲー異常を生じにくいのだ。加えてカルデラ内部も後年の度重なる地すべりで均され、すっかり火口としての地形や地質的な特徴が見えなくなってしまっている。但しこれは全くの私説であり与太話に近い。いつかこのこの説を裏付ける研究結果でも出てくれればうれしいな。


 及位の近くに主寝坂(しゅねざか)というこれまた変わった地名がある。かつて、戦で矢島城が攻め落とされる寸前、お殿様が不憫に思った娘(姫)を落ち延びさせようと矢島街道に送り出したそうだ。慣れぬ山道で疲れたある晩、連れの武人が少し離れたところで休もうとしたところ、お姫様が寂しがってどうしても離れてくれず、寄り添って寝ている内に男と女の仲になってしまった。つまり、主と寝てしまった峠道で主寝坂となったのだという説がある。その真偽のほどは定かでは無いが、地名には過去の伝説やいわれを表したものも多く、かつての人々の暮らしぶりや風土を知る有力な手がかりとなる。伊達や酔狂で変わった地名が生まれたわけでは無いのだ。

 

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